阪神・淡路大震災で失われたモノ、残されたモノ、生まれたモノ…そんな記憶を記録します。

青池 憲司 監督作品 映画『宮城からの報告—こども・学校・地域』製作委員会

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コラム・撮影報告

石巻撮影報告
12/6

復興バー

text & photos by 青池憲司

2011.12.6  up
冬の石巻・南浜町の様子(宮城県石巻市南浜町 2011年12月3日)
冬の石巻・南浜町の様子(宮城県石巻市南浜町 2011年12月3日)

極月です、いかがお過ごしでしょうか。当地のきのう・きょうは15m余の強風が吹き荒れ(最大瞬間27.8m)、雲のうごきがはやく、陽が頻繁に出たり入ったりで、戸外の撮影では一之瀬正史キャメラマンが絞りの調整に苦労しています。

雪はまだきませんが、最低気温は氷点下になり、撮影スタッフ機材車"のだきた号"は、タイヤをスタッドレスに履き替えました。人も車もすっかり冬装備です。

町内会

門脇町5丁目の町内会「正心会」の会議を撮りました。石巻では町内会の集りひとつ開くにも大変な労力がかかります。門脇町、南浜町は建家(屋)の90%以上が津波で流失し、いまは30数世帯しか住んで(住まえて)いません。被災者の移住先はバラバラで、連絡を取るにも集会場所を確保するにも、尋常にはいかないのです。

この日の集りは、15日に行われる門脇5丁目地権者と行政の意見交換会に向けて、住民意志のゆるやかな合意をはかっておこうというものでした。当地では、被災市街地復興推進地域の地権者を対象とした復興事業説明会がはじまっています。撮影地域の門小校区の説明会は町丁べつに11日から17日まで開かれます。ぜんぶ撮ります。

復興バー

さて、前回の散髪屋さんにつづいて、酒場の話です。KOBE野田北部の「立ち飲み森下」とは異なりますが、すてきなBarがあります。その名は「復興バー」。スペイン風に「バル」と呼びたい雰囲気です。(余談ですが、当地は関西のような立ち飲み文化? はありません)大郷町宿舎のときはなかなか行けなかったのですが、市内に移って、先夜ひさしぶりに出かけました。

冷気のなかを行き、扉を開けると、あふれるような人声につつまれます。押し合い圧し合い群れながら(はオーバーか)酒杯を手に談笑議論する人たち。せまい店で、しかも損壊建屋応急手当修繕状態、でも、その仮設感がいい。阪神大震災後の一時期を「仮設の時代」と名付けたKOBE住民のことばがあって、それは「仮説の時代」にも通じるなと感心したものです。被災地石巻はまさにその「仮設と仮説」の時期にあります。「復興バー」という仮設的空間から多くの「仮説」談論が沸きあがらんことを。

ところで、わたしは、この酒場で数々の面白場面に遭遇していますが、その話はいずれ折りをみて。

#文中に登場する名称・データ等は、初出当時の情況に基づいています。

青池憲司

ドキュメンタリー映画監督。震災後、親交のあった長田区の野田北部・鷹取地区に入る。"野田北部を記録する会"を組織し5年間に渡りまちと住民の再生の日々を映像で記録。
「記憶のための連作『野田北部・鷹取の人びと』全14部」(1995年〜99年,山形国際ドキュメンタリー映画祭正式招待作品)を発表、国内外で上映。2002年「日本建築学会文化賞」受賞。

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