阪神・淡路大震災で失われたモノ、残されたモノ、生まれたモノ…そんな記憶を記録します。

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阪神・淡路大震災仮設住宅の種類

志築新島団地 9坪型
(淡路島・兵庫県津名町 1996年6月)[クリックで拡大]
  • 仮設住宅の種類
  • ふれあいセンター設置数
  • 仮設診療所設置数
  • 仮設店舗設置数
  • 自力仮設住宅設置数
  • 標準型/9坪型/1K型/集合住宅型
  • 236ヶ所
  • 9ヶ所
  • 2ヶ所
  • 約2,500棟(神戸市内)[5]

    出典元

[ALL]第三節 応急仮設住宅の建設等について『阪神・淡路大震災復興誌[第1巻]』震災復興誌編集委員会,兵庫県/21世紀ひようご創造協会,1997年

[ALL]災害への取り組み:応急仮設住宅の建設 - プレハブ倶楽部(社団法人 プレハブ建築協会)

[ALL]阪神・淡路大震災にかかる応急仮設住宅の記録/兵庫県県土整備部 - 兵庫県

[ALL]『阪神・淡路大震災の被災状況と復旧・復興の状況について』- 兵庫県

[ALL]阪神・淡路大震災−兵庫県の1年の記録 - 兵庫県知事公室消防防災課:震災文庫(神戸大学附属図書館)。PDF全文

[2]阪神・淡路大震災—神戸の生活再建・5年の記録 - 神戸市

[5]仮設住宅における生活の苦労と努力「仮設住宅の建設と生活上の問題点」/室崎益輝,「仮設住宅街における自治会活動の実状」/柴田和子『苦闘の被災生活 (阪神大震災研究2)』神戸大学〈震災研究会〉編,神戸新聞総合出版センター,1997年

解説

    仮設住宅の種類 - 構造/環境

  • 基本のタイプ(神戸市)[2]

  • 標準型/2Kタイプ:和室6畳,和室4.5畳,キッチン,ユニットバス
  • 1K型/1Kタイプ:和室6畳,キッチン,ユニットバス
  • 集合住宅型/高齢者・障害者向け地域型仮設住宅
  • 神戸市発注分の建設戸数[2]

  • 全32,346戸 / 313団地
  • 2Kタイプ - 23,423戸
  • 1Kタイプ - 6,919戸
  • 一般向け地域型 - 504戸
  • 高齢者・障害者向け地域型 - 1,500戸

阪神・淡路大震災による仮設住宅建設の課題は、これまでに国内で前例のなかった「早期かつ大量に供給する」ことであった。そこで厚生省、建設省、兵庫県の協議により計画、設計、工期等の短縮を計るため「平屋2Kタイプのプレハブ住宅」を基本の標準タイプとすることが決定された[2]。その後、状況の要請や需要判断によりいくつかのタイプも供給された。

標準タイプ2Kタイプの他には「9坪型」があった。これは2Kと間取りはほぼ同じだったが、標準の長屋形式とは異なり2戸で1棟であることや下水が汲み取り式であるなどの点で異なっていた。9坪型は主に下水道の整備されていなかった淡路島などで利用された[4]

第5次発注分(2月25日)からは災害弱者(要援護者)対策として、被災地域内に福祉型の住宅を建てることが厚生省より認められ、「高齢者・障害者向け地域型」仮設住宅が建てられることとなった。第8次発注分(5月31日)からは1Kタイプが追加され、そして第10次発注分(6月27日)からは、一般向けの地域型仮設住宅504戸が建てられた[2]

2K、1K、9坪タイプはすべてが平屋建てであったが、地域型はすべてが2階建ての寮タイプである。海外メーカー製仮設住宅の場合は、広さはほぼ同じでも間取りや細かい仕様部分ではその製造国の様式に準じる形になっていた。

同じプレハブ仮設住宅といっても、最も多く建てられた「規格建築」のほかに、「応急住宅」というハウス・メーカーが本設のプレハブ住宅の仕様を簡略化したタイプあった。規格建築には「組立タイプ」と「ユニットタイプ」があったが、そのほとんどは組立タイプだった。海外メーカー製のものにはユニットタイプも見られた。

応急住宅は区画整理の際の事業用仮設などとしても利用されているもので、外装内装など様々な面で規格タイプよりしっかりした造りで居住環境も良かった[4]。これらも含めデザインや建材の仕様は全て、それぞれの会社ごとに大小の差異があった。

  • 仮設住宅供給企業(メーカー)一覧[4]

  • 〈規格建築〉大和工商リース、コマツハウス、大和ハウス工業、郡リース、東海リース、日成ビルド工業、日東工営、イワムラハウス、エヌケーホーム、大谷工業、北川鉄工所、立川ハウス工業、ニッシンハウス工業、大和システム、内藤ハウス、大興物産、オービス、丸末、日本プレハブ工業、トキワ、亜細亜通商、関西ハウス、富士産業、中谷工務店
  • 〈応急住宅〉清水建設、積水ハウス、ミサワホーム、大和ハウス工業、積水化学工業、ナショナル住宅産業、ニッセキハウス、エス・バイ・エル、トヨタ自動車、クボタハウス、小林住宅産業、三井ホーム、三和ホーム、住友林業、住友不動産ホーム、佐藤組、富士重工、総新、稲場製作所
  • 〈海外メーカー〉シャール・ボヴィス、アメリカン・シルバー社、キリン産業、HYOSUNG PREFAB、シェルター、ジェームズ・ハーディー、DOMG SHIN 、アラン・プレハブ・ビルディング、SRIホームズ社、 STYLEC社、アメリカン・ホーム・システム社、サンライズホーム
  • 神戸市の建設戸数(区別・タイプ別)/住環境の改善

  • 応急仮設住宅 - 神戸市:震災資料室

    輸入仮設住宅

カナダ製
(神戸市西区・仮設西神第16住宅 1997年1月)
カナダ製
(神戸市西区・仮設西神第16住宅 1997年1月)
アメリカ製
(神戸市西区・仮設西神第15住宅 1997年1月)

プレハブ建築協会の協力により国内の全てのプレハブ生産が震災向けに当てられたが、それでも生産・建設能力の限界を超え、国内の在庫も底を尽きた。そこで第4次発注分(2月9日)からは海外メーカーにも発注され、受注した5カ国11社から輸入することになった。

【受注メーカー国:アメリカ、オーストラリア、韓国、カナダ、イギリス】

輸入仮設住宅は輸送コストが、国内に比べて航空便で5〜8倍、船便で1.5倍程要した。またその建設の際は、輸入元の会社から技術者が派遣されたもののビザの問題などもあり、実際の施工は日本の業者が中心となって行った。

国によって生活様式や配管設備など様々な点で国内メーカー製とは異なる部分があるため、そのまますぐに設置できたわけではなかった(例えば玄関、風呂がない等)。建設にあたって、ユニットバスの設置や配管の交換など様々な改良が施された。

    仮設住宅の種類 - 間取り

標準型/2Kタイプの仮設住宅の間取り図        illustration by KITAJIMA,Yuko
6畳,4畳半,キッチン,ユニットバス
  • 基本のタイプ・間取り[2]

  • 標準型(2Kタイプ/9坪型):和室6畳,和室4.5畳,キッチン,ユニットバス
  • 1K型(1Kタイプ):和室6畳,キッチン,ユニットバス
  • 集合住宅型(地域型)
  • 住戸の装備[2]

  • 照明
  • カーテン
  • ガスコンロ
  • 郵便ポスト
  • 物干し台
  • 電話

住戸には予め上記のような装備が設置されていた(あくまで基本セットであり市や区、また団地によって内容が異なることもあった。茶碗など生活雑貨が支給された例もある)。

トイレと風呂が一緒になった「ユニットバス」は、早期の仮設住宅建設のためには不可欠な装備であったが、高齢者にとっては初めて出会った不慣れな装備だった。体を洗う場所もなく、湯船にゆっくりと浸かることもできなかったために使わない人も多かった。

室内は収納スペースがなく、物で占領されていた。洗濯機は屋外に置かれ、台風の時などは中に水を入れておかないと飛ばされるようなこともあった。

95年春以降、県や市によってエアコン、ひさし、外灯の設置、耐風対策、ぬかるみ対策、床下排水対策などが行われたほか、緊急を要する箇所にスロープ、階段を設置するなど高齢者、障害者向けの住宅改造を行った。

    建設物件

建設された仮設住宅には、リース物件と買取物件があった。リース物件は建設メーカーの所有物だが、県が買い取った物件は県の財産。しかし解体後はその処分が課題となり、作業部会等での検討の結果、廃棄物としての処理が不可能であることから海外へのリサイクルの方針が確認された。

  • 兵庫県分の物件(48,300戸)[2]

  • リース物件:26,417戸
  • 買取物件:21,883戸

    地域型仮設住宅

一般向け地域型仮設住宅 (長田区・南尻池公園 1999年2月)
一般向け地域型仮設住宅 (長田区・南尻池公園 1999年2月)
一般向け地域型仮設住宅 (長田区・東尻池公園 1999年8月)
高齢者・障害者向け地域型仮設住宅
(長田区・長楽公園 1996年5月)
地域型仮設住宅の間取り図        illustration by KITAJIMA,Yuko

この震災で初めて厚生省から設置を認められたのが、「高齢者・障害者向け地域型仮設住宅」(通称:地域型仮設)である。市街地域内での要援護者対策として建設されたものだ。入居は抽選ではなく、その優先度に応じて福祉事務所や保健所が判定する。二階建ての寮タイプの仮設住宅で、中央に廊下があり、トイレや風呂、炊事場などが共用で、バリアフリーが施されていた。

最も早く導入された芦屋市は、介護ヘルパーの職員が24時間常駐する「グループホームケア」型だった。一方神戸市は50室に一人の割合でLSA(生活支援員)が派遣される「生活援助員派遣」型であった。

神戸市の第10次発注分からは、既成市街地での用地有効活用の観点から、高齢者・障害者向けではない地域型仮設、「一般向け地域型仮設住宅」が建設された。地域型は4畳半か6畳の一室のみの間取りのため、単身か2人世帯向けとコンパクトな仮設住宅だったが、用地の限られる既成市街地内としては有効な活用例でもあった。

    ふれあいセンター

住民の交流や支援の拠点となった「ふれあいセンター」。
この西神第7は団地が広大なため、2ヶ所建てられていた。
(西区 仮設西神第7住宅団地内「西ふれあいセンター」 1997年1月)
ふれあいセンター(仮設住宅団体内)の間取り図      illustration by KITAJIMA,Yuko
ふれあい喫茶などを開催していた。

概ね50戸以上の仮設住宅団地に設置する集会所のこと。ふれあい喫茶などのコミュニティの形成や自治活動、ボランティア活動の拠点等として活用された。当初は100戸以上の団地だったが、その効果や要望が多かったために小さな団地でも可能な設置要件に緩和され、また500戸以上の団地には2カ所設置されるようになった。

センターの管理運営は仮設住宅住民、地域市民、支援ボランティアそれぞれの代表によって自主的に行われるシステムであるため、利用が活発かどうかは団地によって差が生まれることになった。

また、仮設住宅自治会とふれあいセンターの協議会が互いを兼ねて、同一の構成となっている場合も多く、役員になってしまうと、行政との交渉・住民同士の調整・苦情処理など多忙をきわめ、個人の重い負担となったり、比較的元気な自治会長など役員が恒久住宅に移ったあと、ふれあいセンターの運営が事実上できなくなっている例もあった。

    生活サポート - 仮設支援

仮設住宅建設後、その住民生活のサポートのために行政や民間の様々な機関が支援を行った。ボランティアにおいては、それまで避難所支援をしていた団体が入ったり、仮設が建設された郊外の地元住民らが新たに組織を結成するなどしている。

そんな中、被災地で活動するさまざまな団体の連絡調整組織として結成されていた「阪神大震災地元NGO救援連絡会議」の中に「仮設住宅支援連絡会」という仮設支援を専門に取り組む分科会が作られる。そして1996年4月より長田区に事務所を移し、「阪神・淡路大震災『仮設』支援NGO連絡会」として活動を始めた。

"仮設支援NGO連絡会"は、その名の通り各地で活動している仮設支援のボランティア団体によるネットワークで、それぞれの地域での情報の共有や発信、サポートなどさまざまな活動を行った。機関紙『じゃりみち』バックナンバーには、各地のさまざまな様子や問題点が記録されている。

1998年、仮設が解消に向かったりNPOの活動内容にも活動終了や事業内容変更などの変化が見られる中、仮設支援NGO連絡会は「被災地NGO恊働センター 」として兵庫区に移り、現在に至っている。

    近年の主な災害時における建設事例 

奥尻島での仮設住宅の再利用例
(北海道奥尻町 2005年8月)[クリックで拡大]
  • 「雲仙・普賢岳噴火災害」(1990年11月17日噴火) 

  • 設置戸数 : 1,505戸(長崎県)
  • 入居者数 : 1,444世帯5,669人(最大利用時1991年11月30日)
  • 入居期間 : 1991年6月22日〜95年12月25日
  • 「北海道南西沖地震」(1993年7月12日) 

  • 設置戸数 : 408戸(北海道/大成町,奥尻町,瀬棚町,北檜山町,島牧村)
  • 入居期間 : 1993年9月3日〜1996年
  • 「兵庫県南部地震」(1995年1月17日) 

  • 設置戸数 : 49,681戸(兵庫県/大阪府)
  • 入居者数 : 47,911世帯(最大利用時 95年11月15日)
  • 入居期間 : 1995年2月2日〜2000年1月14日
  • 「有珠山の火山活動」(2000年3月31日噴火) 

  • 設置戸数 : 734戸(北海道)
  • 入居者数 : 745世帯1,722人(最大利用時2000年1月17日)
  • 入居期間 : 2000年5月5日〜2002年7月
  • 「新潟県中越大震災」(2004年10月23日) 

  • 設置戸数 : 3,460戸(新潟県13市町村)
  • 入居者数 : 2,935世帯9,649人(最大利用時2005年3月31日)
  • 入居期間 : 2004年10月23日〜2007年12月31日
  • 「能登半島地震」(2007年3月25日) 

  • 設置戸数 : 334戸(石川県)
  • 入居者数 : 329世帯736人(最大利用時2007年6月29日)
  • 入居期間 : 2007年4月30日〜2009年4月30日
  • 「新潟県中越沖地震」(2007年7月16日) 

  • 設置戸数 : 1,222戸(新潟県3市町村)
  • 入居者数 : 1,061世帯3,044人(最大利用時2007年10月31日)
  • 入居期間 : 2007年8月13日〜2009年9月14日

    自力仮設住宅 

倒壊家屋敷地に建てられたコンテナハウス
(長田区 1996年1月)[クリックで拡大]

一般が公的な支援を得ることなく、自らの土地にプレハブやコンテナなどで建てたものを「自力仮設住宅」といい、神戸市内だけでも約2,500棟が建設されたという[5]。災害救助法は現物給付の考え方であり、自力仮設への支援は「個人補償」につながるということで、県からの要望にも国からは認められなかった[2]。これは後々、既成市街地にある居住地が復興区画整理地区となった人たちが地元に戻れず(建てられない)離散したことによって、街に人がいなくなり、地域経済やコミュニティを維持できなくなったり、まちづくりの話し合いに困難をもたらす等の一因になった。

2009年4月時点の調査では、まだ100ヶ所以上の自力仮設が確認されている[6]

  • 参考文献

  • 仮設住宅における生活の苦労と努力「仮設住宅の建設と生活上の問題点」/室崎益輝,「仮設住宅街における自治会活動の実状」/柴田和子『苦闘の被災生活 (阪神大震災研究2)』神戸大学〈震災研究会〉編,神戸新聞総合出版センター,1997年[5]
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